呪文の名前、対人関係、わざとらしさ

 フローミ! これはフロアを見るということですね、分かります。いやドラクエの呪文なんですけど。ドラクエの呪文って、絶対そんな言葉存在せんけどなんか分かるわー、ってネーミングがあったり、ホントに意味分からんのがあったりして不可思議だよね。ホイミ系はよく分からんが、メラは炎がメラメラという感じがあって首肯できる。アバカムって何や。ヒャドは「氷」を「ひょう」と読んでちょっとだけ分かるけど無理がある気がしないでもない。イオは硫黄だろうか? ギラもギラギラしてる感じで閃光系の呪文なんでしょうね。バギとかになってくるともう、破壊音ということぐらいしか読み取れんわ!ってなってくる。昼と夜を逆転させる呪文がラナルータですよ。語感だけちゃうんか(笑)。ラナ・ルータなのか、ラ・ナルータなのか、そんなのなくて単にラナルータなのか。全然分からへん。キアリーキアリクも分からん。「キアリ」が共通で「ク」と「ー」しか差異がないんですよ。つまり「キアリ」が治療を意味して、「ク」が毒で「ー」が麻痺を意味するってことですか。あるいは「キア」が語幹で「リク」と「リー」なのか。どんな説明してもこじつけさえできんな。同じようなネーミングなんだけど、ドラクエに比べると少し高貴な気分になるのが女神転生シリーズ。マハザンとかめっちゃかっこよくない? アギはないけど。ジョジョで「アギアギアギッ」みたいなこと言ってる下賤の者居なかった? ブフは、風来のシレンのブフーを思い出すし、へっぽこだけど、アギよりは分かる。つーか何でも「マハ」つけられたらかっこいい。マハポパ。マハアナル。マハブリブリプスーッ。いや、やっぱりマハにも限界がある。政府が個人に比していくら強大だからといって無茶な要求をすると、それは風潮となり手に負えなくなる。かといって個人が自重したところでそれは、自分がしたか、しなかったかの差であり、具体的に言えば選挙で自分の一票が結果を左右することなどほとんどない。個人の視点からすればね。マクロ的な視点から言っている人の「選挙に行こう」と、ある個人が行くことは、その個人からすれば関係がない。独立なんですよね。偉そうに言ってるけどこんなん誰でも分かるよな。前にも言ったけどやっぱり大衆を律するのはルールかモラルという大きな枠組みですよね。流動する資源のような考え方をしなければいけない。実質、そのようなものとして扱えば、うまくいっているのだから・・・。人権という考え方とは対立するような状態ですよね、この扱い方。中国ってそういうことなんかなあ。いや政治的な経緯にはホント疎くて手を出すと火傷しそうなんでやめましょう。呪文の話から段落を変えることなくいきなり話の方向が変わりましてこれは意図的なものなんですけどどうでしょうか? 昨日のニコニコの話は少し関心を持ってもらったようでブックマークなんかをちょちょいっとして頂いて嬉しいんですけど話題ごとにセクションを変えるというのは可読性を意識しまくっている点でオートマティスムという立場とは実に相容れないのですわ。皆さんはどうか分かりませんが俺が思考をする時、あるいは会話をする時、大抵の場合、トピックは極めて希薄で、コロコロ変わっていくのですわ。何かの話が、そういえばこんなんもあったよねと全く関係ない話を惹起して、別に今までの話題に拘泥することもなくスゥーッと流れていくのが常なんですけどこれは現代の風潮を反映していますか? 人と雑談をする時、相手側は何か特定のことを論じたいって気概でやってくることがほぼなく、主導権をこっちが持つことがほとんどなんですが、そのせいだろうか? 会話の内容に主眼があるのではなくて、会話すること自体を人々は求めているのだろうか? れびん君、適度に身を引いて調和ってことを知らんのか、KYって話でもないと思うんですよね。俺だって内容よりは、ふれあいみたいなものを求めるというか、人恋しいみたいな感覚のために会話することが多いのですが。これら一連のことは全部男性についてであり、女性についてはよく分かりません。接する機会がほとんどないし彼女も居ないしって何この流れ。ごくごく僅かな対女性との会話からすると、大体は自分からじゃなくて相手に委ねていた気がするな。就職決まったんだよ←女性。へぇー、どんな企業?←俺。何とかっていう製薬会社なんだけど…。うわ、すごくね? 大塚製薬! いや大塚製薬じゃないよ。何とかっていうところ。いいなあ。製薬するの? パブロンを超えてよ。ううん、販売の方。販売か〜、俺も就職のことを思うと頭が痛いわ。ボランティアサークルとかやってると、いいらしいよ。今、わたしも入ってるところがあるんだけど、レビン君も入ってみたら? いや〜〜〜俺はちょっとな〜。堅いところじゃないよ。色んな人と仲良くなるために入るみたいなもので、時々そういう活動をするってだけ(なるほどなるほど、みんなの安易な欲求を解消する飲み会やらそういう刹那的に楽しいイベントだけを活動内容にするんじゃなくて、厳格な行事を少し織り込むことによって会としての強度を保っているんだなあ。うまくできてるもんだなあ。誰かが突如発案したんじゃなくて、ダーウィニズム的にこうなってきたんだろうか)。そっかあ、でも俺はやりたいこともあるしなあ←でっち上げ、そんなものありません。バイトとかやってるの? いや、バイトはしてないんだけど←でっち上げると収拾つかなくなりそうなことはやめておく。へ〜。・・・みたいな感じです。おもんない男やなあ。その後、・・・いやこれは露悪趣味になるから言わない方がいいかな〜〜〜って前置きしたからには言いますが、マイミクになったんですけど、1か月ほどして消されてしまいましたね。そりゃ俺のネット上での言論やら趣味やらスタンスを見たら、通常は怪しく思いますよね。獣姦コミュとか入ってましたからね。なんですかこの流れ?。自虐をおもしろおかしく記述するという芸風は昔に俺もやってましたが、今にして思えばあんまりいいとは思わないですね。開き直ってるというか、それがむしろいいだろ? キモい俺を見て!って感じがわざとらしくて。でもその在り方はアリだと思います。単に俺はそこに早期にたどり着いて、走り切ったというだけです。もちろんキモさから脱却したのではなくて、人に言ってもしょうがないよねって思っただけなんですけど。いや、今もまだ走りきってねえな。今ちょっと読み返したら、健在じゃないですか。ただ、最悪だよなこんな俺、という大げさぶりが影を潜めただけで、あまり。実生活で大した振る舞いをしていないので、何かを語ろうとしても、客観的な自分からしたらどうしても、何という低い俺、という論調で自分を挿入していかざるを得ないのですよね。自覚的には、何とかした方がよかろうねこういうとこは、と思っています。っていうのもホントかなあ? 基本的に怠惰なので今も何も有意義なことはしてないですし。どこに俺が居るか分かんないでしょ。いいよね、そんなの分かんなくて。
 なんかわざとらしさが嫌になったというのはあるんですよ。さあ、みんなこういうのを用意したから見てくれ!笑ってくれ!笑いどころはここだよ!みたいな誂えが。それは最初はほんの気づき程度だったのが、どんどん肥大化してきて、今では記事のセクション分けどころか、段落、改行さえわざとらしくて嫌なんです。「さっ、話題変えるよ?」みたいな感じがして。ということを改行して書くってどうなんですか。かといって参照量というか、人がどう思うんだろうこれっていうのは非常に気になるんですけどね。陰で自分がどんなこと言われてるんだろうってのを全部聞いてみたいなって欲望もあるし。そもそも言及されてるのか? と不安を抱いたりもする。ブログがこんなに乱立してなかったらこんな試みもしなかっただろうな。すいませんはてなさん、無駄に容量食わせてしまって。以上、30分ほどの間、頭によぎったことでした。