森田季節「ともだち同盟」

ともだち同盟

ともだち同盟

 森田季節の『ともだち同盟』。例によって、高校の同級生の小説ですね。この小説はちょっと個人的な理由で気になってるところがあって、なんせ登場人物の通ってる高校が明らかに俺の母校。まあ、森田が同じ高校にいたから、当たり前やけどな。
 実はこの高校、過去にエグゼってエロゲーの背景にも使われてたことがある。妙な因縁があるよな。普通、ありえんやろ、どんだけ世界狭いねん。
 せっかくなので、ちょっと突っ込んで書こう。
 この小説はすごい変な小説なんよね。なんていうか、何通りでも説明できる。例えば、アマゾンでの説明だと

千里、朝日、弥刀。二人の女子と一人の男子。三人の高校生はある誓いを交わし『ともだち』になった。しかし、その「世界」は朝日が弥刀に告白したことで揺らいでいき、ある日……。


とあって、その後に青春小説って書いてる。

 で、本の帯には「ビターダークな青春ミステリー」って書いてあるから、ミステリを名乗ってるし、本の目次のところ、全部鉄道の駅名でミステリのトリックも鉄道ネタ。この時点で、青春小説ともミステリとも鉄道ネタ小説とも言える。他にも色んな要素があって、異様に内容の詰まった小説なのだが、まあ、きわめておおざっぱに言えば高校生の三角関係を扱ったミステリって言い方になるのだろう。
 ただ、それだとまだ説明不足なので、今回はこの小説のテーマを「ゆらぎ」であると勝手に断定して、いかに作品を解釈してみようと思う。

 揺らぎの第一点は、主人公の立場だ。この主人公は、見た目もあんまり男っぽくないことにずっとコンプレックスを感じていて、作中で朝日というクラスメイトと付き合うことになっても男らしく、振舞うことができない。いわば、ずっと男と女の間を揺らぎ続けている存在なのだ。そして、実際に話の最後のほうに彼女とセックスしてる最中に女にされてしまう。女にした犯人は千里という魔女的存在だから、女になったのは本来は主人公の責任ではないようにも見える。だが、魔女は主人公が女になった理由について、それは自分が女になりたかったからだ、男でいたくなかったからだ、というようなことを言っている。これが正しいとすれば、主人公はすべての決断から延々と逃げ続けて、セックスも嫌だから女になって逃れたということになる。つまり、はっきりと男になることからひたすらに逃避しているのだ。
 その点、この小説は高校生がまったく成長しないと言える。人殺しの少女も自分の罪は黙ったままで、とくに向き合おうとしない。なぜなら向き合えば、そこには決断が迫られる。決断が行なわれる前の中途半端な状況(それも「ゆらぎ」だ)を書くことが目的だから、それは必然なのだ。そして、さらに妄想を付け加えれば、一番最後の主人公の選択で、この話はなんか悲劇っぽい終わり方になってしまうが、ある意味、それはゆらぎを描く作品に、決断が行なわれた以上、作品を続ける意味がなくなってしまった(ゆらぎの世界が滅んだ)とも言えるのではないだろうか。長くなったが、以上、主人公に関するゆらぎについて書いた。
 次に物語の世界設定のゆらぎについて考える。この作品は前半のやたらと現実に即した描写の世界(俺も神戸市民だったので、よくわかる)と後半のファンタジーというか、現実に絶対ない展開の世界にはっきり分けられる。いわば、現実に即した世界にロボットのメイドとかが出てくるようなものである。世界のルール自体がこの話では途中で大きく転換してしまう。後半のメインの舞台の紀伊神谷は、ちょうどリアリティとなんでもありの虚構の中間領域みたいな場所として描かれる。主人公たちはそこで蜃気楼に包まれたような状態で右往左往する。まさに蜃気楼のように場所自体が揺らいでいるのだ。
 最後に、作品ジャンルのゆらぎについて書こう。この話はハードカバーとして出版されている。なので、それだけで見れば文芸小説というくくりもできるし、実際文体など見てみると、それで違和感はない。だが、その中で千里という登場人物だけが過剰にキャラクター小説っぽいことを言いまくる。なんか、BOTがあるらしいので、そこで書いてある言葉をいくつか見てもらえばわかるのだが、かなりライトノベル的な印象を受ける。まるで、このキャラ一人が作品を文芸からライトノベルに戻そうとしているかのようである。「少し見直しました。約束を破っていたら、目玉をスプーンでくりぬいてあげるところでしたよ」「手作りのサラダにガラス片をたくさん混入させて、それを食べさせてあげたいです」ずっと、こんなノリ。だが、小説の背景にある描写などは文芸の空気で覆われていて、このキャラだけが妙に目だって見える。その結果、作品ジャンル自体がゆらいでいるような印象を受ける。
 他にもまだまだ言えることはあると思う。例えば、鉄道のことにかなり言及していて、それがトリックにもつながっているとかな。でも俺は鉄道にあんまり興味がないのでパスする。長々と書いたが、非常に興味深い小説だった。是非、お買い上げいただいて、この世界観を味わっていただきたい。そして彼を印税生活できるかできないかギリギリのところに留めて、葛藤させてみよう。